三五夜 撮影 戸田光祐|ものづくりの話

煎茶道

奈良にある古民家「三五夜」にて、煎茶道の体験をさせていただいた。きっかけとしては、店主である黒田久義さんが「和の衣」という僕が手掛けた現代の着物にご興味を示されご連絡を頂いたことから。茶道というと抹茶が浮かぶ僕にとって、煎茶はとても新鮮だった。

急須に茶葉とお湯を入れ茶碗にそそぎ飲む。普段であれば何気ない仕草でしかない光景が、趣のある空間やしつらえに黒田さんの所作が相まって、うるわしき情景に昇華していた。

それらの賜物として淹れていただいた玉露は、言い表せない深奥な味わいと香りを宿し、絶品とも呼びたくなる感動を覚えた。聞けば、黒田さん自身も、この玉露のなんとも言えない芳醇な味わいに大きな衝撃を受けて煎茶の道を歩まれたらしい。それも頷けるほどの尊さが、この茶には確かにあった。

三五夜|ものづくりの話

日本の茶道には「抹茶」と「煎茶」の大きく二つの潮流がある。抹茶を点てる茶道は「茶の湯」とも呼ばれ、室町時代の中期から安土桃山時代にかけて、村田珠光(むらたじゅこう)、武野紹鷗(たけのじょうおう)、千利休らによって大成した。「茶の湯」は、室町時代の東山文化に代表される中国の唐物を至上とする文化に対して、日本の美意識である「わび」「さび」を取り入れた、当時としては革新的な文化の始まりだった。

一方、煎茶を淹れる「煎茶道」は、流派や家元制度の確立の影響で茶の湯の形骸化が叫ばれた江戸時代初期、明より来日した隠元(いんげん)禅師らが、茶臼でひかず、茶筅、茶杓も用いない、茶の湯とは全く異なる飲茶法をもたらしたことに始まるという。しかしながら当初の煎茶は赤黒色であった。その後、大きな変革として、京都宇治に住んでいた永谷宗円(ながたにそうえん)が研究の末に、香気の芳烈な甘味と鮮やかな緑色を有する、日本茶として純良な煎茶を誕生させた。そして、その芳醇な煎茶を優れた審美眼と精神性を携え広く世に普及したのが、煎茶道の範ともされる売茶翁(ばいさおう)。

売茶翁像 伊藤若冲筆|ものづくりの話
売茶翁像 伊藤若冲筆

売茶翁は黄檗宗(おうばくしゅう)の禅僧として生きていたが、徐々に禅宗とは離れていく。しかしむしろ、人生を通して本質の禅を体現した人なのかもしれない。本名は柴山元昭(しばやまげんしょう)。11歳で佐賀の龍津寺に入り、67歳で還俗(げんぞく:僧籍を離れ俗人に戻ること)した後は高遊外(こうゆうがい)と名乗っている。本格的に煎茶の道を歩み始めたのは57歳頃からと意外にも高齢で、寺院の周辺などで煎茶席を設け煎茶の販売を始めた。文人だけでなく一般庶民に対しても売茶活動を行う中で、親しみを込めて売茶翁(ばいさおう)と呼ばれるようになった。

なぜ煎茶を始めたのか。それは、売茶翁が禅界を疑問視していたことに由来すると考えられる。その頃の禅僧は、ゆかりのある場所をまことしやかな顔つきで周り、言葉巧みに信者の家々を訪ねてはお布施を求め、ないときにはかたきのようであったと。全ての僧侶ではないとは思いたいが、禅の世界は俗化していた。本来世俗とは無縁である僧侶の俗化に対しての気骨が、煎茶道へ向かう動機となったのではないか。いわば煎茶の道は、形骸化した権力に対するアンチテーゼでもあった。

売茶翁は、京都の風光明媚(ふうこうめいび)な地に茶筵(ちゃえん)を設けて道行く人に煎茶を淹れたという。「茶銭は黄金百溢(ひゃくいつ)より半文銭まではくれ放題、ただ飲みも勝手、ただよりはまけもうさず」との売茶翁の売り口上が大いに話題となり、庶民のみならず知識人階級、芸術家(文人階級)もこぞって売茶翁の元を訪れた。池大雅、上田秋成、木村蒹葭堂(きむらけんかどう)、田能村竹田(たのむらちくでん)、頼山陽(らいさんよう)や伊藤若冲もその一人であり、売茶翁像を描くほどの影響を与えた。世は泰平に酔いしれ、文化・芸術は華やかで自由な気風が盛り上がった時代に、煎茶は文人階級の間でも大流行した。「随所 茶店を開く」「随所 縁に任せて 立処に真なり」と詠んでいることから、売茶翁は場所の固定はしておらず、このことからも権威の執着を求めない自由な気質が覗える。純粋に茶を楽しむことを大切にしており、身分を隔てることなく多様な人々を招いたことは、文化形成の側面からも大きな功績であると思う。

青湾茶会図録より|ものづくりの話
青湾茶会図録より

 

黒田さんによれば、煎茶の魅力は「個人の自由」「清新」「進取」の気風を愛するところだという。煎茶道は、特定の人物を茶聖と崇めるのではなく、亭主と客の美意識の共有を大切にされる。根源には「客に作法は求めない」という考えがあり、特別なものを必要としない。同じ空間、同じ時間に、煎茶を片手に亭主と語り合い過ごすだけで良い。美意識の共有を得る触媒として、美味しい煎茶を淹れる、ただ一杯の煎茶がお互いの心を一つにする瞬間があり、その瞬間がとてもお好きとのこと。

 

茶人と和の衣|ものづくりの話
茶人と和の衣

ものづくりを通して「煎茶道」という新天地に出逢うことができたことは幸運なことだと思う。また、その煎茶道の茶人に「和の衣」をお召頂けたことは、この上なく光栄だ。

 

参考文献
煎茶文化研究会(1997)『煎茶の世界:しつらいと文化』 雄山閣出版.
松崎 芳郎(2012)『年表 茶の世界史』 八坂書房.
布目潮フウ(2012)『茶経 全訳注』 講談社.
ノーマン・ワデル(2016)『売茶翁の生涯』 思文閣出版.