物との対峙

すべて「物」である。
私は「素材・色彩・形態」を「物の三大要素」と据えている。細かくいえば質感や光沢感なども入るが、基本的にはこの三要素の組合せで成り立っている。この視点があるからこそ、すべてを物として見据えているのだと思う。

動物にも植物にも「物」がついており、着物、食べ物、建物と、衣食住さえも物で表現できることから、すべてを物と捉えるこの考えは古来よりあったのではないかと推測できる。そもそも漢字が入って来る以前では「もの」という言葉が包括している意味は限りなく広い。便宜上、本書では形ある存在を「物」、感覚的な存在を「もの」として進めたい。
多くの方にとっては衣服も料理も建築も異分野だと認識されているが、生み出すという行為においては扱う素材が違うだけですべて「ものづくり」といっても過言ではない。無論、概念上の話であって通念としては分けて考えるのが妥当であると思う。
ただ、この視点を持つとすべての物を平等に知覚することができるため、個人的にはとても良いのではないかと考えている。なぜ平等に知覚することが良いかといえば、感度が働く物事の間口が広がり、結果として世界をより広く感じることができると思うからで、良いものを取り入れ、良い物を生み出したい。ただそれだけのことである。

ここでもう少し物とは何かに触れておきたい。
万物は自然物と人工物に分けられ、動植物や地球、宇宙を含む人知の及ばないものは自然物とされ、それらを用いて人が何らかの形に変容、加工し生まれた物が人工物である。
その人工物は「使える物」と「使えない物」に分けることができる。「使える物」は、端的に表現すれば道具だ。人が生活する上で役に立つ物である。「使えない物」には、試作や練習による成果物やガラクタも含まれるが、絵画やオブジェのような美しい物も存在する。どちらに優越がある訳ではなく、どちらにも価値がある。
簡単な評価方法としては「機能的価値」と「情緒的価値」があり、基本的にすべての物の価値をこのものさしではかることができる。当然のことながらこのものさしの値は千種万様で人それぞれ値が異なる。そのため、人によってはなんら機能しないただのガラクタが心を魅了する大切な宝物になりうる。
だからこそ、物との対峙において最も大切なのは、素直な心を保つことである。他の誰かがどのように評価しようと、自分の心が最も正しいと私は断言する。

心を信じることは、ものづくりの大切な作法である。

 

ものづくりの本 より